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言論の自由はネットにこそある、既存メディアの嘘を暴けるのはネットだけだ

とある2ちゃんねるスレッドで新聞VSインターネットな議論があった、新聞を擁護する側の意見で多かったのが「ネットは自分に都合のいい情報だけを選別して閲覧することによって偏った価値観を持ってしまう、新聞ならば興味のない記事にも目が行くから多様な価値観を受容できるようになる」と判を押した様に同じ事を言うわけだ

果たして本当にそうなのか

確証バイアスなんていう言葉もあるから確かにそういった向きもあるだろう、結局のところ「ネットはダメだ新聞やテレビを見なさい」という事なんだが、新聞やテレビは受け手が偏らないようにいろんな立場からの意見を報道しているのかと言ったらそうじゃないよなって事をこれから述べていく

確証バイアス(かくしょうバイアス英: Confirmation bias)とは社会心理学における用語で、自己の先入観に基づいて他者・対象を観察し、自論に合う情報を選別し受容して、それにより自信を深め、自己の先入観が補強される現象である。
ウィキペディア
そもそもこの確証バイアスがネットを閲覧するときだけ起きるものなのかといったら違うだろう、特定の新聞を好んで読む者にも同じことが言えるはずだ。




朝日新聞は誤報を認めたばかりで最早ネットユーザーどころかネットを見ない人にも新聞の信憑性を疑われている状況だし、テレビなんかテレビ局のお約束を守ってしゃべってくれるコメンテーターばかりを並べて似たような政権批判をさせてたりする、タレントのフィフィはある発言をしたら番組から干されたとツイッターで暴露していた、お約束を守れないコメンテーターはTVには出せないということだ。

とあるニュース番組では韓国人留学生の発言を「第二次世界大戦で日本に征服された国のものとして、日本は兵士に再び力を与えるべきではないと思う」とビデオで紹介したが出演者は誰一人としてその明らかな間違いに指摘をしなかった、ビートたけしと安住アナウンサーがビデオの直後に映ってたが無反応、大学出の二人がその間違いに気づかないはずがない。

新聞やテレビは正しい情報を伝えるものという先入観がなぜか多くの人にあるのだけれど、その昔テレビを見たらバカになると揶揄され低俗なものだとされていたはずだし、司馬遼太郎の『坂の上の雲』では、主人公の少年真之が読んでいた新聞を兄の好古が奪い「そんなものは長じてから読め、己の意見をもたない者が、他人の意見を読むと害になるばかりだ」とばっさり否定する、古い人間に言わせれば新聞なんてそんなものなのだ。

新聞やテレビといった既存メディアが自分たちにとって都合がいい情報を歪曲や捏造をして報道しているという事が一部のネットユーザーの間では常識になっている、なぜかというとネットを覗けば新聞やテレビの嘘がわかってしまうからだ、これはネットが正しい真実を伝えているからというわけではなく単に本当にいろんな立場の人が口々に多様な意見を自由に発言しているからだ、結果として既存メディアが吐いてきた嘘もバレてしまう、例を挙げるとテレビが都合よく切り抜きした会見の動画をネットメディアがノーカットでアップしてしまうと言った具合だ、切り貼り歪曲報道の対策としてノーカット動画をホームページに公開するようになった例もある。

新聞やテレビがネットを否定するのは自分たちの商売敵であるというだけでなく自分たちの嘘がバレて困るからという理由からだろう、若者の新聞離れテレビ離れなんて事が叫ばれている昨今だがそれは単にスマホが普及してネットが便利になったからというだけではない、偏向報道にお金や時間を費やすのは馬鹿馬鹿しいと気がついたからだろう。

偏った意見ばかり見てはいけないと主張する新聞やテレビが揃いも揃って偏っているというのが皮肉な現実だ、新聞やテレビだけ見ていても新聞やテレビの嘘に気づけない、朝日新聞を読んで朝日新聞の嘘に気づけるわけもない。新聞テレビだけを見ていてはそれらの間違いに気づけない、なぜならそれらのほとんどが一様に同じ方向に偏っているからだ。

新聞が読者からの投書を載せてもテレビが番組に対するツイートを放送しても、結局のところ都合のいい意見だけを選別しているのだ、ネットならユーザーの反応がそのままダイレクトに反映してしまう、ちょっと昔なら読者からのコメントを禁止したりコメントを許可制にして都合の悪いコメントは載せないみたいな事が出来てしまっていたが、いまどきはFacebookやTwitterといったSNSが発達してしまって言いたい放題言われてしまうようになった。

ネットを見ずに新聞やテレビだけを見るということは偏った意見にだけ耳を傾け別の視点からの意見を無視しているということに他ならない、ネットには間違ったり偏ったりした記事がたくさんあるが、既存メディアのように間違いに気づけないほど同じ方向で偏っていたりしないし間違いや嘘に気づけるだけの情報が散りばめられている、そんなネットの中で偏った意見だけを見て間違った見識を持つに至るなら、それはもう単にそいつが最初から偏っているというだけだろう。

つまり「ネットは都合のいい意見だけを追ってしまって偏ってしまいがち」なんて話はただの詭弁って事だ、まぁそういう奴がいたりする事は間違いない事実だけれど、それは新聞やテレビをみていたって同じこと、詭弁だけで乗り切れる時代ではなくなったという事にそろそろ気づいてもらいたいものだ。

言論の自由はネットにこそある




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